花尻薫先生の 花と熊野 にまつわる小話

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news 2012.10

鶏頭花と花の窟(花の窟神社)

 “花の窟”のことは今から約1300年前の720年(養老4年)5月21日に出版された、
日本でもっとも古いとされる「日本書紀」に記録されています。

それから、今から約1000年前の増基法師(ぞうきほうし)の記録を見ますと、
995年(長徳元年)陰暦の12月21日に、旅の和尚として本宮から舟で熊野川を下り那智の滝に立ち寄り、
“花の窟”を訪れています。

しかしその後、江戸時代初期まで“花の窟”の詳しい記録は見当たりません。

 「花の時には亦(また)花を以(もっ)て祭る」というのは、古代のことですから、
2月2日の祭りはヤブツバキ(椿の原種)を、10月2日の祭りには菊を、縄の幡に吊るしたと思われます。
江戸時代に入り、紀州藩の学者、加納諸平(かのうものひら)が記すには、
「花のいはやの祭すとききて、有馬村の旅のやどより、人々と共に菊、鶏頭花などを携えてまうづ」と
江戸時代の後期に菊と鶏頭花が供えられていた事が分かります。

 平成24年の2月2日の祭りには鶏頭花が縄に吊るしてありました。

 

 花尻薫 氏

 三重県熊野市有馬町。熊野の自然や歴史に造詣が深く、30年以上熊野古道の保全に力を注ぐ。三重県立熊野古道センター理事長、熊野古道語り部友の会会長、みえ熊野学研究会、三重シダの会会員など。


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